痛みを感じないのには2つの遺伝子変異が関与している可能性 不安な気持ちを感じることもない

スコットランド人女性のJo Cameronさん(71歳)は、これまで痛みと無縁の生活を送ってきた。出産や骨折、切り傷、やけど、手術を経験したが、いずれも痛みや不安を感じることはほとんどなかったという。英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のJames Cox氏らがこの女性の遺伝子を調べたところ、彼女が痛みを感じないのには2つの遺伝子変異が関与している可能性があることが分かった。この報告は「British Journal of Anaesthesia」3月27日オンライン版に発表された。

 Cox氏らが今回、Cameronさんの遺伝子検査を行ったところ、2つの遺伝子変異が見つかった。一つはCox氏らが「FAAH-OUT」と名付けた遺伝子の変異で、もう一つは、その近傍にあるFAAH酵素を調節する遺伝子の変異だった。FAAH-OUT遺伝子はこれまで特に機能は持たないものと考えられていたが、現在では、痛覚や気分、記憶のシグナル伝達に関与するFAAH遺伝子の発現に影響していると考えられている。

 Cameronさんはこの遺伝子変異のおかげで、身体の痛みだけでなく不安な気持ちを感じることもないという。Cameronさんが「The Guardian」紙に語ったところによると、2年前に交通事故に巻き込まれたときも、ひっくり返った自分の車から這い出し、相手のドライバーを助けに向かうほど落ち着いていたという。また、彼女はいつでも幸福感に満たされた楽観主義者で、ストレスや抑うつの検査のスコアはいつも0点だった。

 Cameronさんは「自分が楽天的な性格であることは分かっていたが、65歳になるまで他の人と違っていると感じたことはなかった」と振り返る。65歳というのは、彼女が人工股関節置換術を受けたときの年齢だ。手術の担当医は、X線検査で彼女の股関節の状態が著明に悪化していることに気づいたが、彼女自身はなんら痛みを感じていなかった。また、彼女の親指に関節炎によるひどい変形がみられたときも、彼女は手に異常を感じていなかったという。

 さらに、傷の治り方も他の人より早かった。このことにも、彼女が有する遺伝子変異が関係しているのではないかとみられている。こうしたことから医師らは、術後の痛みに対する新たな治療法や、傷の治癒を早める方法を見つけ出す上で、Cameronさんのケースがヒントになる可能性があると期待を寄せている。

 Cox氏らによれば、同様の遺伝子変異がある人はCameronさん以外にもいる可能性があるという。同氏は「遺伝子変異による痛みの感覚への影響を明らかにする上で、痛みを感じない人は医学研究において重要な存在だ」と話す。Cameronさんも「私のような人は他にもいるかもしれない。そうした人たちが研究に協力することで、鎮痛薬を使わなくても、より自然な方法で痛みを軽減できる方法が見つかるかもしれない」と語っている。