うつ病診断 4つのコツ

うつ病診断 4つのコツ
● 抑うつ・興味喪失の2つを聞く
● 希死念慮を初診で確認
● 診療に不要な話は遮ってよい
● 躁状態はDIGFASTで見つける
 「うつ病患者は自分の病気に気づいていない、もしくは否定したいという思いがあるので、自分から精神症状を医師に報告することは、まず期待できない」。こう語る筑波大の前野氏は、「うつ病患者は、問診で拾い上げるしかない」とも言う。

【うつ病を拾い上げるコツ】
抑うつ気分と興味喪失を質問
 前野氏は、プライマリケアでうつ病を疑うサインとして表1の項目を挙げる。さらに、少しでもうつ病が疑われた際には、うつ病のスクリーニングとして「抑うつ気分があるか」と「興味・喜びの喪失」の2つの質問をすることを勧める。

表1 プライマリケアでうつ病を疑うサイン(前野氏による)

 「抑うつ気分」のみだと、うつ病を感度良く拾い上げることはできるが、特異度が低いので偽陽性が多くなる。これに「興味・喜びの喪失」を加えると、感度・特異度ともに高く、うつ病を拾い上げることが可能になる(表2)。抑うつ気分は、例えば「悲しみや気分の落ち込みを感じますか」と質問する。興味・喜びの喪失に関しては、「今まで楽しめていた趣味やテレビ番組などを今も楽しめていますか」と質問する。

表2 DSM-IV-TRによる大うつ病性障害の診断基準
(1)または(2)を含み5項目以上が2週間以上継続した場合が大うつ病性障害

 ただし、うつ病と診断するには、身体的な疾患を精査し除外する必要がある。全身倦怠や慢性疼痛などは、うつ病を疑いやすい身体所見といわれるが、甲状腺機能障害や膠原病、感染などの身体疾患でもこれらの症状が生じることがある。

 中でも甲状腺機能障害は要注意だ。「本当は甲状腺機能障害だったのに、うつ病と誤診され1年近く抗うつ薬を服用していた患者もいる。思わぬところに甲状腺機能障害の患者がいることを常に念頭に置いてほしい」と前野氏は強調する。

 うつ病と誤診しやすい全身倦怠感は、腎臓や肝臓の障害、電解質や血糖の異常でも生じるが、これらはルーチンの血液検査で評価できるので見落とす可能性は低い。だが、甲状腺機能障害は、その可能性を疑い検査しないと発見が難しい。前野氏は、「うつ病の可能性が高いと考えられる患者でも、一度は甲状腺の検査をしてほしい」と勧める。

【高リスク者を見分けるコツ】
希死念慮を初診で確認
 うつ病は「心のかぜ」と呼ばれることもあるが、自殺のリスクがあることから「死に至る可能性のある疾患」と認識しておく必要がある。信愛クリニックの井出氏は、「自殺リスクの高いうつ病患者は、非専門のプライマリケア医が診られる患者ではない。早急に専門医に送るべきだ」と語る。

 では、この自殺リスクはどう判断したらいいのだろうか。実は、希死念慮には消極的なものから積極的なものまで段階がある(表3)。

表3 自殺傾向の段階とスクリーニング法
(PIPC研究会『ACP内科医のための「こころの診かた」』[丸善、2009]を一部改変)

 前野氏は、「最初にはっきりと『自殺』という言葉を使って、患者の希死念慮を確認すべきだ。また、自殺という言葉を使うことで、自殺予防の効果も期待できる」と話す。

 ただし、「突然、自殺という言葉を出すと患者も驚くので、まず『あなたのようにコンディションを崩している方の中には、色々なことを考える方がいます。念のために伺います』といった前置きをするとよい」と前野氏はアドバイスする。自殺の具体的な計画を立てていたり、実際に自殺に使う道具を準備していたり、自殺をはっきり決意している場合などは特にリスクが高いので、緊急に対応する必要がある。

 専門医に送るほどリスクが高くないと考えられる患者に対しても、「絶対に自殺しない」と約束させることが自殺を抑制するといわれている。PIPC研究会は、「指きりげんまん」で自殺しないことを患者に約束させることを勧める。「身体的なコミュニケーションを加えることで、医師と患者のつながりがより強くなり、信頼関係が高まる」と井出氏は言う。

【診療に関係ない話を遮るコツ】
気持ちをねぎらう言葉を添える
 日頃抱えているストレスなどを聞くと患者の話が長くなり、診療時間が必要以上に取られたり、自身の疲労感も増すのではと危惧する医師が多いかもしれない。しかし井出氏は、これらの危惧をきっぱりと否定する。「初診20分、再診5分で精神的な疾患の診療は可能。また、外来で疲れることもない」と話す。

 井出氏は、外来で医師が疲れるのは、患者にうまく対応できない無力感が、自分自身へのいら立ちになることが大きな原因と考えている。外来患者の1割を占めるうつ病をうまく診療できるようになれば、「逆に外来が楽しくなる」と言う。

 いたずらに診療時間を長引かせないためには、効率的に問診を行う必要がある。PIPC研究会は、患者の話を聞く場合、表4のような方法で、診療に関係ない話は中断させ、診療に必要な話に絞ることを勧めている。患者を不快にさせないために、患者の気持ちをねぎらう言葉を一言添えるのがポイントだ。

 患者背景を捉え、既往歴などを確認することは、精神科へ紹介すべき患者を見極める上で重要となる。PIPC研究会は、患者に対して、精神疾患の既往から家族歴、仕事の内容、パートナーとの関係の善しあしなどのプライベートな事柄まで確認するよう指導している(表5)。
表5 背景質問の内容(PIPC研究会による)
 このような背景質問を行うことは、精神的なストレスを打ち明けることにもつながり、「医師に話を聞いてもらえたと感じて喜ぶ患者が多い。そのためか、初診後すぐに症状が軽快する患者も少なくない」と井出氏。また、「精神疾患の家族歴や既往歴がある患者は、内科医が診ることは難しい場合が多いので、専門医に紹介することも重要」と指摘する。
【双極性障害鑑別のコツ】
躁状態はDIGFASTで拾い上げ
 双極性障害(躁うつ病)は、抑うつ状態と躁状態が異なる時期に生じる疾患だ。うつ病との鑑別が難しく、うつ病と診断された患者の5~10人に1人が最終的に双極性障害と診断される。
 双極性障害の自殺リスクは、うつ病よりも高い。また、双極性障害は、抗うつ薬の副作用として躁転しやすいので、抗うつ薬のみの治療は推奨されない。早めに拾い上げて専門医へ送る必要がある。
 防衛医大病院長の野村総一郎氏は、「もともとの性格が活発で明るく活動的な場合や、発症年齢が20歳代前半などと若い場合は、双極性障害の可能性が高い」と語る。またPIPC研究会は、双極性障害で生じやすい躁症状を「DIGFAST」(表6)でまとめ、これらを参考に患者を拾い上げることを勧める。
表6 双極性障害で生じやすい躁症状(DIGFAST)(PIPC研究会による)
 ただし、双極性障害のうち軽度の躁状態を示す2型は、躁状態がそれほど顕著ではないので躁と認識しにくく、抑うつが治った状態と誤解されやすい。さらに野村氏は、「双極性障害の多くは抑うつ状態が最初に生じる。うつ病の経過観察中に躁状態が生じて、初めて確実に双極性障害と診断できる」と拾い上げの難しさを語る。中には、抑うつ状態から10年以上経過した後に躁状態が生じる患者もいるという。
 「うつ病と診断して治療を開始した後も、経過観察期間を長めに置き、普段はしないようなことを突然始めたなどという躁状態のエピソードが出てこないかを注意して見守ることが大切だ」と野村氏は強調する。