大学用地リースが「無償譲渡」になった謎

 森友学園が急遽、小学校認可申請を取り下げた。一方、愛媛県今治市に来春、大学の開校が急に決まった。前今治市長がいぶかる、大学用地リースが「無償譲渡」になった謎とは。

「ようこそ タオルと造船の町 今治へ」

 JR今治駅のロータリーの立て看板は居心地が悪そうだ。降り立つ乗客も、待ち受ける地元民の人影もまばら。本州と四国を結ぶ航路が集中し、港から人があふれて栄えた商店街は、シャッター街になった。そうした中、いま注目されているのが、来年4月に今治市に開校が決まった岡山理科大学獣医学部。市が丘陵地帯に整備した高等教育施設用地16.8ヘクタールを、同大学に「無償譲渡」する。その価格は36億7500万円相当。さらに事業費の半分にあたる96億円の補助金を得るという。

 1学年160人の6年制獣医学科と同60人の4年制獣医保健看護学科を設置し、学生定員は1200人。経営母体は岡山県や広島県、関東、九州などに大学から幼稚園までの教育関連30施設を持つ学校法人「加計(かけ)学園」グループだ。理事長の加計孝太郎氏は安倍晋三首相が「腹心の友」と呼ぶ、米国留学時代からの40年来の親友だ。

●何度も門前払いだった

 安倍首相肝いりの「国家戦略特区」に今治市が指定されたのが2015年12月15日だから、そのスピード感たるや尋常ではない。そもそも同大学の今治市への獣医学部設置計画は10年前にさかのぼり、幾度もはねつけられて塩漬けにされてきた。それが一転して加計学園に大甘な味付けに変わったのだ。

「私が市長になって2年目のころでしょうか。加計学園さんの事務方と親しい地元選出の県議が『新しい学部を一つ作りたいと言っています』という話を持ってきた。今治市にとっても願ってもない話なので副市長2人とも『無償で貸してもいいよね』と相談したのが始まりでした」

 05年から今治市長を1期務めた越智忍・愛媛県議(59)が、そう振り返る。

 1984年に始まった市の新都市開発事業は宅地の造成・分譲などは順調に進む一方、高等教育施設用地への大学誘致は難航し、加計学園の登場は渡りに船でもあったという。越智氏が続ける。

「数十年定員が変わらず、志望倍率も20~30倍と高止まりな獣医学部なら、学生集めに苦労しないだろうという経営判断だったのでしょう。でも学校の所管は文部科学省で、獣医師なら農林水産省の案件。タライ回しの門前払いでした」

 そこで目をつけたのが構造改革特区。「四国初の獣医学部を誘致する」として07年から愛媛県と共同で特区申請を始めた。だが、日本獣医師会など獣医関係者が新設に反対し続けた。越智氏は元文部官僚の加戸守行愛媛県知事(当時)の紹介で、「獣医師問題議員連盟」最高顧問だった森喜朗元首相にも陳情したが、奏功しなかった。

 一方で、加計学園サイドは用地とは別に費用負担を持ちかけてきた。その額100億円。施設の建設費や医療機器の整備のためとのことだった。

「今治市は合併したばかりで大変な負債を抱えていたので、そこは何とかまけてもらえませんかと(笑)。具体的な金額までは出なかったけど、2~3割は減額できそうな感触を得たので、愛媛県にも地元負担は70億~80億円で進めますよと話をしました」(越智氏)

 再選を果たせなかった越智氏から現職の菅良二市長に代わっても特区申請は敗れ続けた。14年11月までに計15回提案して全敗。しかし、その半年後に国家戦略特区の「国際水準の獣医学教育特区」が提案されて閣議決定されると、あっという間に52年ぶりに獣医学部が開設されることが決まった。

「しかもリースだったはずの土地もタダで譲渡し、それを担保に建設費や運営資金を銀行から借りて進めるというからびっくりです。当時の市の幹部に聞いても『いつ変わったんじゃろうか』とクビをひねっとるし、何か裏事情があるとしか思えませんね」(今治市・越智郡選出の村上要県議=社民)

 破格の特別待遇を受ける加計学園は、大阪府豊中市の国有地を9割引きで取得した学校法人「森友学園」と奇妙な類似点がある。認可申請を取り下げた「瑞穂の國記念小學院」名誉校長に就任予定だった安倍首相の妻、昭恵氏は、加計学園が神戸市内で運営する認可外保育施設の名誉園長にも就いている。

「加計学園や森友学園の問題の共通点を探るうえでの大きなポイントは『教科書』です」。『日本会議の研究』(扶桑社新書)の著者の菅野完氏はこう指摘する。

 加計理事長は、育鵬社の教科書発行の支援団体「教科書改善の会」の賛同者に名を連ねており、グループの岡山理科大学附属中学校は育鵬社の公民と歴史の教科書を採用している。

●教科書で連なる縁

 07年に発足した教科書改善の会の正式名称は「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」。第1次安倍内閣の下で成立した改正教育基本法に基づく中学校の歴史・公民教科書の出版、普及が目的の団体である。

 同じく育鵬社の中学校歴史・公民教科書の編集や採択を支援する一般財団法人「日本教育再生機構」によると、教科書改善の会は「シンポジウムの開催など対外的な活動を担う団体を目指したが、機構とのすみ分けも明確ではなかった」ことから、現在はほぼ活動停止状態という。菅野氏はこう解説する。

「『新しい歴史教科書をつくる会』から分裂した日本教育再生機構は、日本会議が教科書運動を行うためにつくった別動隊です。教科書改善の会と同機構は顔ぶれ、活動内容ともに実態はほぼ同一といえます」

 同機構の複数の顧問は日本会議の幹部役員を兼任している。日本会議は育鵬社など保守系教科書の普及拡大に取り組んでいることからも両団体の「類似性」は浮かぶ。

 渦中の森友学園の籠池泰典理事長は日本会議大阪の運営委員だ。菅野氏はさらにこう言う。

「日本会議同様、全国に支部がある日本教育再生機構の中で、大阪は大阪維新の会との関係が特に強い組織であるという点で極めて特殊です」

 菅野氏がその象徴と指摘するのが、12年2月26日に日本教育再生機構大阪が開催した「教育再生民間タウンミーティング」だ。安倍氏が再び自民党総裁に選出される約半年前に松井一郎府知事が同席したこのイベントを同機構はこう紹介している。

「『2・26大阪』を境に流れが変わった──」

 HPでは安倍氏と松井知事の「結束」を伝える当時のマスコミ報道を列挙してアピールしている。

 国家戦略特区申請にあたって安倍首相や他の誰かの勧めがあったかどうか、加計学園にただすと、こんな答えが返ってきた。

「特区申請は県や市がされていることであり、ご質問のような事実はありません」

 しかし、結果として歴史認識や道徳観を共有するサークル仲間に、教育施設の建設で特別な便宜が図られたように見える。「安倍1強体制」の下、周囲の忖度(そんたく)も相まってそういう実態が行政機構にまかり通っているとしたら、道義的に許容され得るものではない。

「大学ができて若者が増えて住まいも借りてくれれば、飲食業も潤うし、市の活性化にもつながる。だから県議も市議もおおかたの市民も総論は賛成なんです。でも、土地開発公社などから36億円で買い戻した土地を無償で譲渡して、それが担保になるのは不自然。先方が担保で借りたカネは何に使われるかわかりません。不透明です」(越智氏)

 今治市企画財政部は一連の経緯についてこう答えた。

「土地は当初から無償譲渡が前提。08年の市議会でも担当部長の『無償譲渡』という答弁の議事録がある一方で、議会で『貸与』の方針が示された記録はありません」

 しかし、加計学園と交渉をスタートし、折衝を重ねた当時の市トップの発言は重みがある。同じタダでも「貸与」と「譲渡」では大違いだ。経緯も含めて徹底的な検証が望まれる。