5つの上手な怒り方

 激怒とはいわないまでも、急いでいるときに限って電車が遅延したり、多少なりとも日常でいらいらした経験は誰しもあるのではないだろうか。こうした感情を自らコントロールし、コミュニケーションを改善するアンガーマネジメントの手法は、1970年代に米国で誕生した。

「激怒」から「激おこぷんぷん丸」まで怒りに関連する語彙はさまざま
 蓮沼氏は、ワークショップ形式でアンガーマネジメントについて講演した。 この1週間で「すごく頭にきたこと」「まあまあ腹が立ったこと」「軽くいらいらしたこと」を書き出せるだろうか。同氏によると、自分の怒りを言語化できない人は「怒りやすい」傾向があるという。怒りを表現する言葉には、激怒、憤怒、立腹、鬱積が爆発する、むしゃくしゃする、憤慨する、怒りをぶちまける、激おこ、激おこぷんぷん丸など、さまざまなものがある。

 しかし怒りに関する語彙力が少ないと、①怒りをうまく表現できない②怒りの強度が高くなりやすい③何に対してどの程度怒っているのかが分からなくなる―などの弊害が生じる。その結果、原因不明で適切に対処されない怒りの情動が周囲に伝染し、怒りの連鎖をもたらす。自分に原因はないのに怒りの矛先が向けられてしまうのは、まさにこのパターンといえるだろう。

アンガーログの勧め
 蓮沼氏は「怒りは、パワーバランスで立場の強い人から弱い人に流れる性質がある」と指摘する。また前編で紹介した思考のコントロールについては、家族や同じ診療科といった身近な人間関係ほど、「○○すべき」という相手に求める理想が高く、相手にその境界線から外れた言動を取られると怒りが強くなる性質がある。

「全ての人が自分の感情に責任を持つことができれば、怒りの連鎖は断ち切れると考える」と同氏は述べ、自分の怒りを知ることの重要性を挙げた。具体的には、どんなときに、何に対して、どの程度の怒りが生じたのかを記録(アンガーログ)し、怒りの傾向やパターンを把握することで、怒りに対する解決策を導き出す。

5つの上手な怒り方とは?
 上手な怒り方とはなにか。怒ることが前提だが、指摘するのは相手の言動であり、人格・性格・能力ではない。その上で蓮沼氏は、5つの上手な怒り方を挙げた(表)。

表. 上手な怒り方

伝えるときの主語は「あなた」でなく、「私」にする
過去の話を持ち出さない (現在の問題に限定する)
自分の要望を含めて、簡潔に伝える
「ちゃんと」「しっかり」「少し」など、程度言葉を使わない
低いトーンで話すスピードを落とし、ゆったりした仕草で伝える
(蓮沼氏の講演を基に編集部で作成)

 まず、伝える内容の主語を「私」にすること。つい「あなたのせいで私は怒っている」という言い方をしがちだが、これでは批判と応酬の構図になるため、「私はこう感じている」というように主語を自分にする。

 次に、「あのときもこうだった」など、過去の話を持ち出さないこと。また簡潔に伝えることを心がけ、単に指摘するだけでなく「今後はこうしてほしい」という改善案も示すことが望ましい。

 また、「ちゃんとやってよ」「しっかりやってよ」「少し早めにして」など、具体性に欠ける程度を表す言葉は自分と相手で基準が異なるため、同じ状況を繰り返すことになる。「ちゃんとやってと言ったよね」「だからちゃんとやったよ」といった水掛け論にならないようにするには、内容を具体的に伝える。

 さらに、言語以外の手段を活用することも1つの手段だという。高い声のトーンで早口で話したり、腕組みをしながら話したりすると、相手は責められていると誤解してしまう。そこで、話すときは低いトーンで、話すスピードを落とす、ゆったりした仕草に変えるなどの非言語手段を用いることも有効とされている。

感情は行動に引っ張られる
 怒るふりをしていると次第にいらいらしてきたり、笑っているとなぜか自然に楽しくなったりするように、人の感情は行動に引っ張られるようだ。つまり、日ごろからリラックスしたような柔和な表情をつくることや、言葉遣いに気を配るだけで、不要な怒りをコントロールできるという。

 また、怒った際には「どうしてできなかったのですか」「なぜ期限に間に合わなかったのですか」など、相手を責めるような質問をしてしまうことも少なくない。こうした過去型・否定型質問を是正する手法として、「どうしたらできますか」「できるようにするにはどうしたらよいですか」という未来型・肯定型質問がある。これは近年、自発的な行動を支援するコーチングでも導入されている。

 最初は漠然とした大まかな未来型・肯定型質問でも、複数回にわたってオープンな対話を繰り返す中で、具体的な怒りの解決策が見えてくるという。

自分と他者は別個人との理解を
 蓮沼氏は今回、怒りの対処法として怒りの性質を理解することの重要性を挙げ、怒りの背景に潜んでいる一次感情や怒りの境界線の把握について紹介した。それと同時に「家族を含め、自分と他者は全く異なる人格と価値観を持った別個人である」と指摘。「怒りの性質を把握するためには、本当の意味で自分と他者とは別個人であることを理解する必要がある」と強調した。