クレーム(断るスキル)

クレーム(断るスキル)
みなさんは、クレームにどう応じて良いか困ったことはありませんか? 病院、学校、役所などの公的機関の現場では特に、「自分だけ待たさないで」と過剰に公平扱いを求めたり、逆に「そこを何とかお願いできませんか?」と気軽に特別扱いを求める患者、保護者、利用者の方が目立つようです。彼らには、どんな思いがあるのでしょうか? どう応じるのが正解でしょうか?

クレームの心理とその対応を整理して、断るスキルをいっしょに考えてみましょう。

なぜクレームするの?―クレームの心理
(1)謝ってほしいだけ

1ケース目は、「お宅のラーメン買ったんだけど、焼き豚が入ってない」「写真にはちゃんと入っているのに」とのクレームです。佐倉は、「パッケージの写真はあくまで調理例です」「通常はみなさん、分かって購入されてますけど」ととっさに答えてしまいます。すると、客は「通常?」「つまりおれは通常じゃないってことか?」「バカって言いたいの?」と怒り出したのでした。

1つ目は、「ひと言、言いたいだけ」「謝ってほしいだけ」という理解や謝罪を求める心理です。そこには、確かに勘違いをしてしまったのは自分だけど、そもそも客に勘違いをさせる会社も悪いという思いがあります。特に、すぐにひどい目に遭ったと思い込みやすい人(妄想性パーソナリティ)や、トラブルの因果関係や責任関係の理屈がよく分からない人(知的障害または認知症)に多いです。

(2)話がしたいだけ
2ケース目は、「新しいラーメンの味がおかしい」「これね、絶対に変」「私の舌がおかしいってこと?」「私はまだボケてなんかいませんよ」「あなたご自分で食べてみた、このラーメン?」「あなたお名前は?」との高齢の女性らしき人からのクレームです。

2つ目は、「話がしたいだけ」「良かれと思って言ってるだけ」という暇つぶしやお節介をしたがる心理です。そこには、「正論を言いたい」「お説教をしたい」「世直しをしたい」という思いもあります。よって、その特徴は、「態度が悪い」「説明が分かりにくい」などにも及び、内容が抽象的であることです。特に、最近目立つのは、高齢者のクレームです。クレームを付けること自体が目的化してしまい、解決することが目的にはなっていないことがあります。そして、しつこくて時間がかかります。その理由として、彼らが、定年退職の後や、子どもが成人して家を出た後に、ほかにすることがなく、話し相手がいなくて、エネルギーや時間を持て余していることが考えられます。

(3)得したいだけ
3ケース目は、「おまえんとこのらっきょうに虫が入ってやがったんだよ」「どうすんだ!え!」「責任とれ!」との怒気を帯びたクレームです。そして、訪問謝罪の上、謝罪金を要求してきます。

3つ目は、「得したい」「コントロールしたい」という優遇やうさ晴らしを求める心理です。この特徴は、金品の要求から、役所で「特例として認めてください」との特別扱い、さらには病院で「あの研修医をクビにしてください」、学校で「いじめ加害者にもっとペナルティを課してください」との無理難題まであります。2つ目の「話がしたいだけ」の心理とは対照的に、言葉尻を捉えて圧をかけてくるなど目的のために手段を選ばず、短期戦を望む傾向があります。

どう応じれば良いの?―クレーム対応
佐倉は、毎回クレームに戸惑いながらも、先輩の篠崎からその対応を教わっていきます。その極意を3つのステップに整理してみましょう。

(1)寄り添うー親身
1ケース目の焼き豚が入っていないと勘違いするクレームに対して、篠崎は佐倉から引き継いで、すぐさま「誠に申し訳ございません」「鋭いご高察、感服致しました」「私もどうかと思っておりました」「単身赴任?」「私も妻と別居中」「一人暮らしは骨身に染みております」「お互い、逆境にめげずにがんばりましょう」と丁寧に答えます。

1つ目のステップは、相手の気持ちに寄り添う、つまり親身になることです。これには、さらにa~cの3つのポイントがあります。

a. 謝る

1つ目は、まず謝ることです。ただし、平謝りするのではないです。それをやってしまうと、完全に責任をとることを認めることになります。そうではなくて、「お手間」「ご不便」「ご不快」に限定して謝ることです。そうすると、責任を問われても、「お手間をとらせたことについては申し訳ない気持ちでいっぱいです」「ご要望の点についてはこれから詳しくお聞きします」と返せます。

それでも、「責任とれ!」「誠意を見せろ!」と言い続ける相手は、悪質であることが分かります。つまり、まずこちらが先に謝って相手の出方をうかがうことで、悪質かどうかが分かります。そして、今後のこちらの出方の参考になります。

b. 共感する

2つ目は、共感することです。例えば、「ごもっとも」「お察しします」「なるほど」「そうだったのですね」「おつらいですね」「ご心配になりますよね」などの気持ちを汲んだ言葉かけをすることです。脳科学的な男女差で言うと、女性の方がより共感的な傾向があるので、相手が女性の場合は、よりこの共感に重きを置き、話をよく聞いて時間をかけると良いでしょう。

c. 理解を示す

3つ目は、理解を示すことです。例えば、「○○というご負担(ご心配)があったのですね」と具体的にどういうダメージが物理的にも心理的にもあったのかに触れて、相手のことを良く理解していることを伝えることです。脳科学的な男女差で言うと、男性の方がより理屈っぽい傾向にあるので、相手が男性の場合は理解を示すことにより重きを置くと良いでしょう。

d. 謝って済む問題にする

このように、謝る、共感する、理解を示すという3つのポイントを押さえた親身のステップをまず踏むと、「ひと言、言いたいだけ」「謝ってほしいだけ」と思っている人は、納得して引き下がります。つまり、謝って済む問題に持ち込むことです。逆にこれを最初にしていないと、こじれてしまい、事が大きくなり、後々には謝って済む問題ではなくなります。書面の対応を求められるなど、腹いせや嫌がらせに発展するリスクが高まります。

また、親身のステップで言ってはいけないことは、一般論です。一般論は相手を突き放し、謝ったことにはならないからです。

e. 病院へのクレームで応用すると

この対応を病院でよくあるクレームに応用してみましょう。それは、予約制の外来で患者を待たせた場合です。従来は、患者から「いつまで待たせるの?」と言われたら、医療関係者は「順番でお呼びしていますから」「緊急の患者様が優先になりますから」といきなり一般論を言って、素っ気なく答えていました。

そうではなく、患者から言ってこなくても、まずこちらから挨拶代わりに「お待たせしてすいません」と適宜伝えることです。そして、10分以上待たせると「○分以上お待たせして」を添え、「具合が悪くなりませんでしたか?」と聞くとより好ましいでしょう。

30分以上待たせた場合は、声を潜めて、泣きそうな顔をして、申し訳なさを示すのも好ましいです(レッドフェイス効果)。この対応は、診察する医師がするとより良いです。すると、患者は、「しょうがないですよね」「先生も大変ですよね」と理解を示してくれます。

f. 親身のステップの時間は?

ただし、クレーム対応の場合の親身の時間は、最初の15~30分以内とします。なぜなら、ほとんどのクレームは、15分~30分以内でだいたいのことが把握できて親身に対応できるからです。ポイントは、この時間内で事態を収拾できるかどうかです。

1~2時間以上だらだらとやらないことです。よって、15~30分過ぎても相手が納得しない場合は、「すいません。今ここではこれ以上の対応が難しいです」「このアンケート用紙にご要望をお書きください」「とても込み入ったお話に思われますので」「大事なお話なので」「のちに文書でお返事するか、もう一度お話を伺う日程の調整を行います」「どちらが良いですか?」と言い、切り上げます。そして、以下のようなアンケート用紙に記入してもらい、次のステップに進みます。

アンケートは、提案書というタイトルで、内容と解決案を具体的に書くようにします。要望書とはしないです。要望ではなく、あくまで提案という認識を持ってもらうためです。また、書いてもらうことで、相手に客観視を促す狙いもあります。

ちなみに、電話対応の場合も基本的に窓口対応と同じです。15~30分過ぎても相手が納得しない場合は、「誠に申し訳ございません。電話ではこちらからうまくご説明するのが難しいようです」「アンケート用紙をファックスか郵送でお送りします」と伝えて、後日の文書のお返事か、話し合いの日程調整を行います。

(2)動じないー受け身

2ケース目の新商品のラーメンの味がおかしいとのクレームに対して、実直な佐倉は素直に「実は(ラーメンは)まだ(食べていない)です」「申し訳ございません」「(名前は)佐倉です」と答えます。そして、親身になって話を聞き続けます。その対応を受けて、高齢の女性は、「正直な方ね」「久しぶりに誠実そうな方と話せて、何だかほっとした」と感心するのでした。

2つ目のステップは、揺さぶられても動じない、つまり受け身です。親身になると、クレームがエスカレートするリスクに触れました。だから、ここでは、それでも柔道の受け身のように動じない。あたふたしないことです。あたふたすると、「頼りない」「弱そう」とつけ込まれます。ただし、多くのケースでは、親身のステップを最初に経ていると、相手が友好的になり受け身がしやすくなります。これには、さらにa~cの3つのポイントがあります。

a. 時間をかける

1つ目は、時間をかけることです。例えば、「何とかなりませんか?」と食い下がっている場合、一般論を盾に「規則です」「期限は守ってください」とすぐに突っぱねないことです。つまり、まだ一般論は封印します。代わりに、「うーん、どうでしょうかねえ」「難しいかもしれないですねえ」と、のらりくらりと否定的であることを匂わせ、相手の出方をうかがいます。

それでも食い下がってくるなら、「私一人では判断が難しいご相談です」「今ここでお答えすることができないご相談です」「持ち帰って、全体の会議で検討します」と伝えて一旦終了とします。そして、次の面談でやんわりだめだったと伝えます。そうすると、「時間と人数をかけた」「それでも難しかった」というメッセージが伝わり、より相手に受け入れやすくなります。

もちろん、実際に「全体の会議で検討する」必要はないです。会議をしたというメッセージが相手に伝われば十分です。

b. 受け流す

2つ目は、受け流すことです。例えば、「今ここで決めていただくことができないのですか?」「先生じゃ頼りないです」と挑発的に迫られた場合、「だめなものはだめです」と言って、熱くならないことです。むしろ、「困りました」「情けないです」「苦しいです」と受け流します。たとえ「時間通りに患者を診れないんですか?」「それでも医者ですか?」と怒鳴られたとしても、熱くならず、「はい…面目ない…」としんみり答えます。

1ケース目の焼き豚が入っていないと勘違いするクレームで、佐倉は「おい、責任者出せよ」と迫られ、すぐに篠崎に代わるシーンがあります。あとで篠崎は、「責任者と代われと言われて、そう簡単に代わらない」「あくまでも自分が責任者だという態度で対応する」「ただし自分で責任をとるって絶対に言っちゃいかん」「責任を持って伝えます」「ここ最重要ポイント」と佐倉に指導します。

責任者をすぐに出さない理由は、もちろん動じないことを示すためです。そして、そもそも責任者は当事者ではないので、状況がよく分からず、逆に混乱を招くリスクもあるからです。

c. 受け止める

3つ目は、受け止めることです。例えば、「研修医の態度が悪い」「説明が分かりにくい」と抽象的な正論を振りかざす場合、「そんなことはないです」と反論しないことです。

逆に、「おっしゃる通りです」「ご指摘は大変に勉強になりました。ありがとうございます」と受け止めます。「その研修医にはしっかり言い聞かせ、今後に生かすよう、十分に指導して参ります」とも言えます。抽象的なことを話し合っても、結論は出ないです。話し合いに乗るのは、具体的な要望に限定します。具体性のないクレームは、実は適当にあしらうことができるのです。

もちろん、その研修医に確認をとって態度に問題がなければ、「しっかりと言い聞かせる」必要はないです。厳重注意したというメッセージが患者に伝われば十分です。

d. 話を聞くだけで済む問題にする

このように、時間をかける、受け流す、受け止めるという3つのポイントを押さえた受け身のステップをまず踏むと、「話がしたいだけ」「良かれと思って言ってるだけ」と思っている人は、納得して引き下がります。

つまり、話を聞くだけで済む問題に持ち込むことです。逆にこれを十分にしていないと、こじれてしまい、事が大きくなり、後々には話を聞くだけで済む問題ではなくなります。たびたび押しかけてきたり、具体的な対応策などを書面で求められるなど執拗なクレームに発展するリスクが高まります。

また、受け身のステップでも言ってはいけないことは、一般論です。一般論は相手を突き放し、話を聞いたことにはならなくなるからです。

e. 病院へのクレームに応用すると

この対応を、先ほどの予約制の病院の外来で待たせた患者のクレームに応用してみましょう。先ほどの親身のステップを経ても、納得されない場合です。「予約システムがそもそもおかしい」「医者の数を増やすべきだ」「急患も順番を待つべきだ」とその患者から言われたら、どうしましょう?

従来は、つい「予算的に無理です」「人道的にだめです」といきなり一般論で反論していたでしょう。そうではなく、「『医者を増やす』『急患も順番を待つ』という貴重なご意見をありがとうございます」「今後に上層部に進言してみたいと思います」と伝えることです。患者は、自分の意見が上層部まで取り上げられると思い、まんざらでもないと思うでしょう。

f. 受け身のステップの時間は?

ただし、受け身の時間は、1時間以内で3回までを目安とします。ポイントは、延々と話し合いをしない、つまりある一定期間には終わらせることです。よって、一定期間を過ぎても、相手が納得しない場合は、最終ステップに進みます。

(3)突き放すー捨て身
らっきょうの瓶に虫が入ってたという3つ目のクレームに対して、佐倉は、お客様相談室の室長から「訪問謝罪の場合は、手みやげのほかに一律2万円お渡しする決まりです」と言われ、「それってたかってくれって言ってるようなもんじゃないですか!?」とびっくりして言います。実際に、佐倉と篠崎は、訪問謝罪に伺った時、客から「きっちり詫び入れるまで、帰さねえから覚悟しとけよ」と恫喝されます。

確かに、営利のビジネスの現場なら、客の過剰なクレームでも、返品交換、クーポン券、サービス券、優待券、航空機のシートのアップグレード、そして和解金を渡すなどできる限りの特別扱いして、顧客満足度を上げるのも1つのやり方でしょう。逆に、特別扱いをしてもしなくても、客が納得しないなら、取引中止や出入禁止にするなどして、それ以上相手にしないのも1つのやり方でしょう。

しかし、医療、学校、役所などの公的機関は違います。なぜなら、公的機関は、公平性と公共性があるからです。公平性の観点から、優遇するなど特別扱いはできないです。また、公共性の観点から、広く開かれて誰でも利用できることが前提で、相手にしないわけにはいかないです。では、どうしましょうか?

3つ目のステップは、先ほどまで築いてきた関係は損なわれるとしても突き放す、つまり捨て身です。ようやくこのタイミングで、要望に応えることが難しいと伝えます。これには、さらにa~cの3つのポイントがあります。

a. 限界を示す

1つ目は、限界を示すことです。例えば、役所で「特例として認めてください」、病院で「あの研修医をクビにしてください」と無理難題を吹っかけてくる場合、「私どもにもできることとできないことがあります」「役所(または病院)の方針として」「社会通念上」「役所(または病院)の最終決定として」「総合的な判断によって」「対応が難しいです」「お気持ちはごもっともですが」「こちらとしても残念ですが」「私たちも決まりに従わなければなりません」「何とぞご理解いただけますようよろしくお願いします」などと伝えます。

なお、限界を示すメッセージのポイントは3つあります。1つ目は、組織として公正・公平の原則に則った社会規範に従っており、相手も自分もルールを守るという意味では、同じ立場にあることです。つまり、ここでようやく、これまで封印していた一般論を解禁できます。2つ目は、組織として十分に検討した結果であることです。つまり、決定の根拠には組織のほかのメンバーの賛同があるということです。3つ目は、組織としての最終決定であることです。つまり、話し合いは終わりであるということです。

b. 取り合わない

2つ目は、取り合わないことです。例えば、「この事実をSNSで拡散させますよ」と悪評をほのめかしたり、「人権委員会に訴えます」「警察に通報します」と脅し文句で迫ってくる場合、「それは残念です」「ご納得いただけないのはとても残念です」「ただ、私どもがとやかく言える立場ではありませんので、致し方ないです」などと伝えます。

逆に、事を荒立てたくない余りに、「それだけは止めてください」と言うと、どうなるでしょうか? 言うことを聞くと言う流れになってしまいます。すでに、こちらとしては、社会通念上のベストを尽くしたわけですので、怯えることはないです。ここは「暖簾に腕押し」「糠に釘」の、のらりくらりのスタンスで行きましょう。

c. お引き取り願う

3つ目はお引き取り願うことです。例えば、「分かりましたというまで、帰りません」と居座る場合、「お引き取りください」「これ以上は業務の支障になり、困ります」と伝えます。たとえ「私のことより、業務が大事なんですか?」と言い返されたとしてもです。それでも居座る場合、「これ以上のお話ですと、しかるべき対応をとらざるを得ないと考えております。ただ、本意ではございませんので、何とぞご理解をいただけると助かります」などと警察への通報をほのめかして警告します。こう言われて帰らない人は普通じゃないです。もし帰らないなら、本当に警察へ通報するべきです。ちなみに、3回言っても、従わない場合は、刑法の不退去罪が成立します。よって、居座りに付き合う必要は全くないです。なお、居座りを事前に回避する策としては、話し合いの終了の時間を、先ほどの提案書で事前に決めて、記載しておくことです。

ただし、トラブルの因果関係や責任関係の理屈がよく分からない人(知的障害または認知症)の場合、「どなたかほかのご家族といっしょに再度お越しいただけますでしょうか?」と伝え、話の分かる人を介することもできます。それが難しい場合、もちろん警察保護という流れになります。

また、ケースとしてはまれですが、「あなたバカなんですか?」「土下座してください」「死んだら!」と暴言を吐いたり、大人数で押しかけてくるなど恫喝をしてくる場合、「とても怖いです」と伝えます。そして、できるだけ多くのスタッフを集めて、立ち会ってもらいます。暴力のリスクもあるため、数で圧倒して、安全を確保する必要があります。

ちなみに、暴言を繰り返す場合は刑法の脅迫罪、土下座の強要は強要罪が成立します。

逆に、何とかその場を収めようとして、「まあまあまあ」となだめたり、言われるままに土下座をすると、どうなるでしょうか? 言うことを聞くという流れになります。絶対に、恫喝の手に乗らない冷静さも必要です。

なお、暴言や大人数での押しかけによる恫喝を事前に回避する策として、2つあります。1つは、複数体制です。3人が理想です。1人目は直接の対応、2人目は記録係、3人目は控えで、いざという時に人を呼ぶ係です。もう1つは、相手の参加人数の制限を、先ほどの提案書で事前に決めておくことです。例えば、「部屋の大きさの都合上、参加人数は3人までです」と記載します。

最後に、いきなり怒鳴り込んできた場合はどうしましょうか? まず、人を呼び、速やかに場所を変えることです。決してその場で話を始めない、つまり一人で丸腰で臨むことは避けます。これは、恫喝への対応と同じ理屈です。

そして、やるべきことは、同僚たちで本人を取り囲んで、面会室や応接室までの移動の数分間に、歩きながら「お忙しい中わざわざすいませんねえ」「こんなお天気が悪い日に良くない日にわざわざ」などと無関係な雑談をすることです。

このように、興奮してる人には本題をそらして親身のステップをまず滑り込ませます。こうして、場所と話題を変える場面転換によって、クールダウンを図ります。そうするのは、一時的に興奮してしまっただけの場合もあるからです。

ただし、それでも興奮が治まらない場合や最初から酔っ払っている場合、「今日のところはお引き取りください」「日を改めましょう。次回にこのアンケートに記入の上、ご持参ください」と伝えます。時間を変える場面転換もします。それでも、帰らない場合は、先ほどの警察へ通報の流れになります。なお、大声を上げる、机を叩く、ドアを蹴る場合は、刑法の威力業務妨害罪が成立します。

ちなみに、電話対応の場合も窓口対応と基本的に同じです。「これ以上の対応が難しいので、一旦電話は切らせていただきます。それでは失礼致します」と伝えて電話を切ります。なお、電話対応のメリットは、録音機能を付けることができる点です。「サービス向上のため」という理由付けをして、多くの企業では採用されています。録音されているという状況は客観性を生むので、こちら側も言葉を慎重に選び、お互いが冷静に話し合いをすることができるでしょう。

何より、「言った、言わない」の水掛け論はなくなります。録音アナウンスの存在を知らせるだけで、クレーム電話が減ったとの報告もあります。

d. 手詰まり感に持ち込む

このように、限界を示す、取り合わない、お引き取り願うという3つのポイントを押さえた捨て身のステップを最後に踏むと、「得したい」「コントロールしたい」と思っている人も、完全に納得に至らないにしても、「どうしようもない」とあきらめて引き下がります。つまり、手詰まり感に持ち込むことです。これが、落としどころです。

また、親身と受け身のステップで言ってはいけないとした一般論は、捨て身のステップでは、十分に言うべきことに変わります。

e. 病院へのクレームに応用すると

この対応を、先ほどの予約制の病院の外来で待たせた患者のクレームに応用してみましょう。先ほどの親身と受け身のステップを経ても、納得されない場合です。「待たされて具合が悪くなった。慰謝料払ってください」とその患者からしつこく言われたら、どうしましょう? 先ほどの限界を示す決まり文句を言いましょう。ちなみに、慰謝料や迷惑料の要求をする場合は、刑法の恐喝罪が成立します。

f. 捨て身のステップの時間は

ただし、捨て身の時間は、1時間以内で最後で1回のみとします。ポイントは、最終的な結果を伝えるだけですので、もはや話し合いの余地はないことです。

断るスキルとは?                                                                   

ところで、みなさんの中には、最初から毅然とした態度で接していないと、クレームがエスカレートしてしまうという懸念を持たれている方はいませんか? 確かに、毅然とした態度は、国際空港の税関なら良いでしょう。取り締まるだけのところだからです。しかし、病院、学校、役所は、取り締まるだけのところではないです。サービスを始めコミュニケーションを続けるところでもあります。

進化心理学的に言えば、人間が、ほかの動物と決定的に違うことは、相手のクレームを受け入れたり断ったりしながら、協力関係を築くこと、つまり社会脳を進化させたことです。その社会脳によって、高度な社会を築き、文明を発展させました。そして、昨今のコミュニケーションに重きを置かれる社会では、クレーム対応に、コミュニケーション能力の集大成が求められるとも言えるでしょう。

もっと言えば、クレーム対応をはじめとする断るスキルで重要なことは、まずこちらが相手の気持ちに寄り添いつつ、揺さぶられても動じない、時として最終的にはその協力関係は損なわれるとしても突き放すという押し引きのバランス感覚であると言えるでしょう。まさにこれが、親身、受け身、捨て身のステップです。

「神様からひと言」とは?
重役会議のシーンでは、毎回「お客様の声は神様のひと言」との社訓を一斉に唱えています。ラストシーンの重役会議では、佐倉は、名店とされるラーメン店の味をそのままカップ麺にしようとする安易な会社の方針に疑問を持っていました。そんな佐倉は、重役たちに「本店に行って参りました」「(出されたラーメンが)恐ろしくまずい」「今のは、私の率直な感想です」「純粋に金を払った客としての正直な気持ち」「いわば『神様からのひと言』です」と言い放ちます。

「神様からひと言」とは、まさに「神様」の視点で自分自身を俯瞰して見ることとも言えるでしょう。その時に導かれる「ひと言」をよく理解した時、私たちは、より良いクレーム対応、そしてより良いコミュニケーションができるのではないでしょうか?

参考文献

1) 神様からひと言:萩原浩、光文社文庫、2005
2) クレーム対応「完全撃退」マニュアル:援川聡、ダイヤモンド社、2018
3) 小心者でもサラリとかわせる「断る」心理テクニック:内藤誼人、ゴマブックス、2006