アンガーマネジメント

どんなに怒り(アンガー)の沸点が高い人であっても、社会生活の中で怒りを感じない人はいないだろう。そうした感情を抑え切れずに増幅した怒りを相手にぶつけてしまい、社会的地位を失った著名な政治家やスポーツ選手の事例は枚挙にいとまがない。

そもそもアンガーとはなにか?
 アンガーマネジメントとは、怒りの感情と上手に付き合うための心理教育・心理トレーニングのことで、1970年代に米国で自動車運転中のトラブルから射殺事件にまで発展するケースが続いたことをきっかけに誕生したとされる。

 「アンガー」というと激怒した状態を連想しがちだが、いらいらやもやもやした感情なども含まれる。また怒りはマイナス感情と捉えられがちだが、本来は危険な状態から心身の安全を守るための自己防衛反応であり、人間にとって必要な感情なのだ。蓮沼氏は「アンガーマネジメントとは、怒らないようにすることではなく、怒る必要がない場合は無駄にいらいらせず、怒る必要がある場合には適切な感情表現ができるようにすることである」と解説した。

スケールで怒りの傾向を自己評価
 怒りで問題になるのは①強度が高い(ささいなことでも激高する)②持続性がある(根に持つ)③頻度が高い(常に怒っている)④攻撃性がある(他人や自分を傷つける、物に当たる)―である。

 そこで蓮沼氏は、怒りの感情に関する自分の傾向と対策を把握するツールとして、感情が穏やかな状態を0、制御不能な怒りを10とするスケールテクニック(図1)の記入を勧めた。

図1. 自分の怒りの傾向を把握するスケールテクニック

イライラ・怒りの温度(点数)をはかる.jpg

 また同氏は、怒りは「不安である」「つらい」「寂しい」などのネガティブな一次感情があふれたときに表出する二次感情であると指摘。その考え方は、患者と医療者間での意見の食い違いの解消を対話で導く医療メディエーションにも取り入られていると紹介した。例えば、予約したのに1時間も待たされたと怒る患者の背景には、「いまだに診断が付かない」「症状が取れない」「担当医と相性が悪い」といった一次感情があると考えて対処する。

6秒間待てば怒りに任せた言動は回避できる
 アンガーマネジメントで必要なのは、①衝動②思考③行動―のコントロールである。

 まず①について、衝動的な言動は怒りが発生してから6秒以内に起こるとされており、蓮沼氏は「6秒間待つことで “言わなければよかった”と後悔するような、怒りに任せた言動を抑えられる」と述べた。意識すると意外に長く感じる6秒間をやり過ごす方法として、その場から離れて一度クールダウンを図る、自分を落ち着かせるような言葉があれば唱える、真っ白な紙をイメージして思考停止するなどを紹介した。

怒りの引き金になる「○○すべき」の許容範囲を広げよう
 ②の思考については、自分の理想や願望、欲求を象徴する「○○すべき」の境界線を広げることを提示した。

 蓮沼氏によると、怒りは自分の中にある「病院はこうあるべき」「研修医はこうあるべき」「夫はこうあるべき」という理想が現実で裏切られたときに生じるという。例えば、自分の考える「会議に集まるべき時間」が開始10分前である場合、5分前ではぎりぎりであり、開始時間とほぼ同時であれば怒りの対象になる。しかし、乖離の程度が小さければ許容範囲に収まることから、同氏は「○○すべき」と「少し違うが許容範囲」の境界線を徐々に広げる思考のコントロール法が役立つとした(図2)。

図2. 思考のコントロール(三重丸)

【タイトルあり】三重丸/思考のコントロール.jpg

 ただし、一度怒りの許容範囲を決めたらその許容をはっきりと示して安定させないと、周囲が混乱し気分屋と見なされることがあるため、注意が必要だ。また、ここでいう「○○すべき」は個人の価値観であり、患者を対象とした医療関係者としてのプロフェッショナリズムはまた別の話であろう。

コントロールできないことは受け入れて怒りを回避しよう
 怒りは、自分でコントロールが可能なものと不可能なもの、さらにその出来事が重要なものとそうでないものの4つに分類できる(図3)。これが③の行動のコントロールである。

図3. 行動のコントロール(分かれ道)

【タイトルあり】分かれ道/行動のコントロール.jpg

 これらのうち問題となるのは、自分でコントロールできない事態への怒りである。それが自分にとって重要な場合(院内の人間関係、大事な会議に向かう途中の渋滞や天候による交通の乱れなど)は、変えられない現実を受け入れた上で今できる行動を探す。重要でない場合(車内のマナー違反、家族が服を脱ぎっ放しにした、ごみが片付けられないなど)は、前述の②思考のコントロールに基づき、放置する・気にしないなどの行動変容を試みる。

 以上から蓮沼氏は「怒っている人をコントロールすることはできない」と指摘した上で、前述した怒っている相手の一次感情を考慮したり、『○○すべき』や境界線を明確にするなど、怒りの正体を知ることで具体的な解決策が見えてくることがある」と述べた。