オリバー・ストーン ウラジーミル・プーチン ドキュメンタリー

2018年3月にはロシアの大統領選がある。ウラジーミル・プーチンが四度目の勝利をおさめて大統領になることは確実視されている。

そのプーチンにあのオリバー・ストーンが、1年8ヵ月かけて密着取材して撮影したドキュメンタリーが話題になっている(日本では3月1日から二夜連続でNHK「BS世界のドキュメンタリー」で放送)。

オリバー・ストーンはプーチンに何を見たのか? このドキュメンタリーを完全書籍化した『オリバー・ストーン オン プーチン』を翻訳した元日本経済新聞記者の土方奈美さんに、本作品の意義と読みどころを解説してもらった。

アメリカメディアによる「酷評」

2017年6月。一本のドキュメンタリー・シリーズがアメリカメディアの話題をさらった。

『プラトーン』や『JFK』で知られる社会派映画監督オリバー・ストーンが、2015年7月から17年2月まで約2年にわたってロシアのウラジーミル・プーチン大統領を追いかけた『オリバー・ストーン オン プーチン』である。

孤高の指導者を20時間以上インタビューし、生い立ちから大統領になるまで、そしてウクライナやシリア問題、2016年アメリカ大統領選への介入疑惑を含む米ロ関係までを語り尽くすという前代未聞の企画だ。

しかし主要メディアの反応は総じて厳しかった。酷評と言うほうが妥当かもしれない。

ニューヨーク・タイムズ紙は、プーチンに対して「あきれるほど寛容な」インタビューと評した。ワシントンポスト紙は「ストーンは甘い球を投げつづけ、プーチンがそれを粛々と打ち返すだけ」、CNNは「ストーンの無駄話やへつらうような口ぶりに、歯ぎしりしたジャーナリストや反プーチン派は多いだろう」と書いた。

極めつけは人気トーク番組『ザ・レイトショー・ウィズ・スティーブン・コルベア』だ。ドキュメンタリーの放映直前にプロモーションのために登場したストーンを、司会者のコルベアは「20時間も彼(プーチン)と会って、嫌な面はひとつも見つからなかった? 愛犬でも人質に取られているのか?」と挑発し、観客が爆笑するなど、ストーンは完全に嘲笑の的となった。

主要メディアの論調は、ストーンはプーチンの言い分を一方的に聞くばかりで、突っ込みが甘く、まるでロシアのプロパガンダ映画のようだ、というものだ。

ただこの過剰なまでに否定的な反応こそ、アメリカの主流派が異なる視点への寛容さを失っている表れであり、それに一石を投じる『オリバー・ストーン オン プーチン』の価値を示すものと言える。

ロシア側から世界はどう見えているか

ドキュメンタリーの素材となった9回のインタビューを、ほぼそのまま書き起こしたのが今度出版される同名の本で、4時間という番組の枠に収まりきらなかったプーチンの肉声が盛り込まれている。

アメリカや日本をはじめ西側諸国の読者にとって、本書の最大の魅力は「逆の視点」から世界を見せてくれることだろう。

プーチン、すなわちロシア側から見る世界は、西側メディアが伝えるものとはまるで違うのだ。

1990年代初頭、ロシアは冷戦が終結したと信じ、アメリカを中心とする西側世界を信頼し、歩み寄った。

モスクワのアメリカ大使館に仕掛けてあった盗聴システムをそっくりアメリカ側に引き渡したのはその象徴で、2001年の同時多発テロ後はアメリカのアフガニスタン侵攻を情報・兵站面で支援した。

しかし、それが報われることはなかったとプーチンは苦々しげに繰り返す。

たとえばクリントン、ブッシュ政権時代の二度にわたる北大西洋条約機構(NATO)拡大と、それに続くアメリカのABM条約からの一方的脱退だ。

ドイツ再統一が決まった当時、アメリカや旧西ドイツの高官がそろって「NATOの東の境界が旧東ドイツの国境より東に行くことはない」と約束したにもかかわらず、東欧諸国は次々とNATOに加盟し、そこにABM(弾道ミサイル迎撃)システムが配備された。

「標的はロシアではなく核開発を続けるイランだとアメリカは説明するが、それならなぜイランが軍事用核開発計画を放棄したのに配備を続けるのか」とプーチンは語気を強める。

ロシアと欧米の対立を決定的にした、2014年のウクライナ政変とそれに続くロシアによるクリミア併合についても同じである。

政変に至る経緯を説明しながら、親ロシア派のヤヌコビッチ政権の崩壊は、アメリカが支援したクーデターだったと言い切る。そしてロシア系住民が過半数を占めるクリミア地方が国民投票でロシア編入を決めたことに対する国際社会の反応については「ダブルスタンダードだ」と訴える。

旧ユーゴスラビアのコソボが独立するとき、国際社会はセルビア政府の同意は不要だと判断した。それなのになぜクリミアが独立するのに、ウクライナ政府の同意を必要とするのか、と。

いずれも西側から見れば、プーチンのプロパガンダにすぎないかもしれないが、立場が変われば同じ事象がこうも違って見えてくるというのは衝撃的であり、国際問題に対する認識が揺さぶられる。

プーチンの苛立ちと諦観

本書のもう一つの魅力は、ウラジーミル・プーチンという政治家の思考回路や人となりを知る貴重な手がかりとなっていることだ。

もちろん伝わってくるのはプーチンが国際社会に見せたい自画像であり、真実の姿ではないかもしれない。

しかし20時間のインタビューの記録からは、ふだんニュース映像で目にすることのない姿が浮かび上がってくる。

まず雄弁である。そして官僚や諜報機関からの報告書の要約に頼らず、資料はすべて原典を読むと言うだけあって細かな事実や数字に強い。歴史や文学に通じ、意外と流暢な英語を話す。

ストーンに「ロシアの主張をもっと積極的に伝えていくべきだ」と促され、「そんなことは土台無理なんだ。ロシアが主張する立場は世界のメディアから無視される。だから邪悪なロシアといった論調ができあがる」と答える姿には、国際社会に対する苛立ちと諦観がにじむ。

ともに映画『博士の異常な愛情』を鑑賞した後、ストーンがプレゼントと言いつつうっかり空のDVDケースを手渡すと「典型的なアメリカの手土産だな」と切り返すなど、頭の回転が速くウィットに富んだ一面もうかがえる。

2年にわたって関係を構築し、プーチンのさまざまな面を引き出したストーンの手腕はやはり評価に値する。

ストーンはプーチンから冗談交じりに「反アメリカ的」と言われたのに対し、「私は反アメリカでも親ロシアでもない。親・平和だ」と返す。

ベトナム帰還兵として、生きているあいだに平和な世界を見ることが望みだというストーンは、一国主義を強める母国への不安を募らせている。このドキュメンタリーを撮ったのも、アメリカの最大の仮想敵であるロシアとのあいだを橋渡ししたいという思いからだ。

無意識のうちにアメリカ側の世界観を内部化しがちな日本の読者にも、近くて遠い隣国ロシアに対する理解を深めるため、また世界情勢に対する新たな視座を得るために、ぜひ本書を手に取っていただきたい。